「餡炊き」30周年。尾形頼昭の話。

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    「餡炊き」30周年。尾形頼昭の話。

    日乃出本店 古参スタッフの一人である、尾形頼昭さん。
    今年、52歳を迎え、ふと振り返れば…22歳での入社、「30周年」を迎えたことにご本人も少し驚いているかのよう。

    自分でもびっくりするほどに「あっというま」に感じる一方、30年というひとかたならぬ時の流れは、良いことも悪いことも、さまざまに刻まれたかけがえのない尾形さんだけの財産。
    そして、その長い年月、ほぼ独力で日乃出本店の「製餡」部門を切り盛りしてきた尾形さん、その歴史は、そのまま日乃出本店のかけがえのない財産でもあります。

    ◆成型からはじまった、ぶどう饅頭との出会い

    入社当時、最初に配属されたのは「成型部門」。
    当時、店舗ビルの2階部分にあった工場で丸められたぶどう餡を「ぶどう饅頭」に成型する仕事がはじまりでした。
    穴吹土産、徳島土産として一時代を築いたぶどう饅頭は最盛期をやや過ぎた時期ではあったものの、その現場はまだまだ多忙を極めていました。

    昔ながらのお客様の記憶にある、「葡萄」の優しい絵の描かれた古い包装紙。その包装紙の記憶も、実際手に触れたこともある、尾形さん。
    在籍してきた30年には、包装・パッケージ資材の相次ぐリニューアルや茜庵の創業、ぶどう饅頭「季節味」の誕生、バリエーションなどぶどう饅頭としても、日乃出本店としても変化の多い時期であった。
    言い方を変えれば、尾形さんの存在があったからこそぶどう饅頭餡のバリエーションという、大きな変化を遂げることができたのだろうと思います。

    ◆とにかく健康!「年を経るほど、病気しなくなりました 笑」

    ぶどう饅頭の餡を炊く。
    看板商品である以上、「製餡」の仕事は、まさに会社の『心臓部』といえる大事な仕事です。
    入社、転属から、もちろん仕事を覚える上での古参の上司からの引継ぎはあったものの、ほぼすべての時期においてたった「一人」で、現場を担当してきました。
    和菓子屋である以上、週末、お盆、年末年始も関係のない職場ではあるもののひとつの部門をひとりで責任を持つことの重さは、想像以上。
    「倒れられない」「病気になれない」
    本人の意思はもちろんのこと、そこにはご家族の支えが欠かせません。
    顔の見える社員さんだけでなく、そこに連なるご家族のご協力あってこその日乃出本店、ぶどう饅頭なのだと、あらためて、想いを致すこととなりました。

    親の背中とはよく言うけれど、たとえ言葉にしなくても、そうした強い仕事への想いや責任感は、きっと身近な家族に伝わる。
    息子さんが「お父さんと同じ職場で働きたい」と、口に出したこともあったそう。
    その話をするとき、そうなったらやりにくいし結局そうはならなかったけれど、と破顔しながらも、どこか照れくさそうな嬉しさが表情に見え隠れしていた、尾形さんでした。

    10数年前から、ぶどう饅頭にバリエーションとなる「季節限定味」がはじめて登場し、今に至るまでさまざまな試行錯誤を繰り返してきました。

    いろいろありました。白(ミルク)、黒ごま、すだち…すだちは酢がききすぎて、本当に酸っぱかったですねぇ(笑)。
    2年前から登場した夏味の「煎茶」は、本当においしい。苦みをあえて出したこともバランスがよかったですね。

    また、春の定番として定着した感のある「春いちご」も、今年になり、より鮮やかでおいしそうな色味を出すために、餡の製造過程を一部改良した。
    すでに完成したかのように見える味も、時の流れや需要の変化により、必要とされる見直しを怠らない。
    また、そうした見直しやチャレンジが可能なこともまた、この道一筋の尾形さんの存在あってこそ。

    ◆「赤」「青」のぶどう饅頭!?

    ぶどう饅頭のカラーといえば、優しげな紫色。
    もちろん、色粉を使っての着色にはなるが、現在使用している紫の色粉は特別に注文して作っていただいているもの。
    かつては、「赤」と「青」の色粉を混ぜて、「紫」を作っていた、と聞きびっくり!!
    濃い紫、薄い紫…・色ムラが出たりなども良くあったとか。
    100年もの伝統あるお菓子には、やはりいろんな背景やその時々の歴史がある。
    今の感覚で考えるとややざっくばらんに過ぎるようなそんなエピソードも、おおらかで豪快だったかつての時代の空気が感じられて、ほほえましく思います。

    このインタビュー文章を通して

    何度も繰り返し出てくる、
    「尾形さんあってこそ」「たった一人で」「餡炊き一筋30年」
    という言葉。

    それらは、もちろん何よりもご本人の努力の賜物である以上に数々の幸運が重なった、奇跡のような時間でもあります。
    ぶどう饅頭 誕生1世紀、次の「1世紀」を見据えて――。
    「(自分のほかに)餡を炊ける人を育てたい。育てなければならない。」
    今後の目標は?との問いに、やや絞りだすように伝えてくれた言葉。
    愛され、守られてきたぶどう饅頭がこれからも、徳島にゆかりある人々にとって かけがえのないふるさとのお菓子として、誇りとともに、在り続けるように。
    先人から、そして尾形さんの背中から、連なり、またこれから先へとつながる道を私たちもまたともに見据えていかなければいけない。
    そして、誕生から102年、ぶどう饅頭が今日も明日もたくさんの手によって作り続けられ、お客様のもとへ送られ続けていること笑顔を届け続けていることが、決して「当たり前」ではない感謝すべき奇跡なのだと、思いました。

    ぶどう饅頭づくり、日乃出本店のお菓子づくりに携わる皆さんのお声をこれからも聞かせていただき、学ばせていただきたいと思います。
    よろしくお願いいたします。

    尾形さん、ありがとうございました!これからも引き続きよろしくお願いいたします。

    西川亮子


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