ぶどう饅頭づくり「一筋」14年 中尾克志の話。

0
    ぶどう饅頭づくり「一筋」14年 中尾克志の話。

    兵庫県、加古川出身。
    地元の「西川パン」にて商品企画に携わる。
    その後、京都への引っ越し・転職を経て、美馬市へ。

    食品にかかわる仕事が好きで、一貫して携わりながらも、意外にも「製造」の現場の経験はなく、2002年・日乃出本店入社とともに初めて、「お菓子作り」の現場に飛び込みました。

    「ぶどう饅頭」づくりのリーダー候補としてのキャリアのスタートでありながら、前任者の退社のタイミングで、とても短かった引継ぎ期間。

    「ぶどう饅頭」といえば、当時すでに誕生90年あまりを数える老舗の看板銘菓。
    製造スタッフとしての仕事じたいも初めてであっただけにそのプレッシャー、とまどい…当時の苦労がしのばれます。

    きりっとした横顔からうかがえる、中尾さんの「一本気」。
    「自分は、昔気質な人間ですから」

    仕事として選んだ以上熱意をもって、取り組み、結果を出す。
    好きで選んだ、お菓子作りという仕事。
    与えられた環境に応えられるだけの誇りをもってその仕事に向かうことが大事。
    そして、だからこそ楽しい、そうでなければ意味がない、と思っている意志の強さ、清々しい覚悟が、言葉の端々に感じられます。

    中尾さんという存在はぶどう饅頭にとって、日乃出本店にとって、幸せな出会いだった。
    そう確信せざるを得ないほど、老舗の味、一方では古色蒼然としていた「ぶどう饅頭」にこの頃から、新たな息吹が吹き込まれはじめます。

    ◆串「あり」ぶどう饅頭の始まり

    入社当時、ぶどう饅頭はまだ5つの粒の中に「串の隠れた」昔ながらの形でした。
    きっかけは、あるお客様からのご要望でしたが、私の時代に、初めて、手で持つ部分の串を飛び出させる今の形がスタートしました。

    「今や「伝説」!?化している、串なし(隠れ)ぶどう饅頭。現在スタンダードとなった「串あり」ぶどう饅頭誕生の瞬間に、中尾さんが立ち会っていたのですね!」

    ◆季節味バリエーションの開発・発売開始

    私の入社直後から、当時の社長のアイデアで「季節味」シリーズのチャレンジが始まりました。
    スタンダードだけでない、そうしたバリエーションがあったらいいな、という想いは当時の自分にもありました。
    ただ、私は餡を炊くことはできません。
    自分で責任をもてない仕事に、口を出すようなことが憚られて意見としては言えずじまいでしたが、実現していただき、とても良かったと思っています。
    「いろんな味があって楽しい、美味しい」
    お客様からの嬉しいお声もあって、新しいニーズにあっていたんだと感じました。

    もう一つの「定番味」と言えるほど、愛されている鳴門金時の味、現社長が今年になって改良を加えた「春いちご」。
    どれもおいしいですが、やっぱりなんといっても、昔ながらのぶどう饅頭がいちばんおいしい、と思っています。

    ◆地元とのつながり、愛着

    私自身は、他県の出身であり、地元の人のように昔からぶどう饅頭に親しんでいたわけではありません。
    それでも、知人やご近所の方から、家族を通して、お菓子の感想をいただけたり、また、家族が自らいまはこんなお菓子があるんよ、こんなん出たんよーとぶどう饅頭や日乃出のお菓子を通じて話題をふくらませてくれたり、地元でのお付き合いができているのが嬉しいですね。

    「それは、中尾さん自身が、誇りをもってこの仕事に取り組んでいることが、きっとご家族にも伝わっているからではないでしょうか。」

    ◆何よりもうれしい、お客様の笑顔

    昔気質な人間なので、自分のこうと決めた仕事に取り組むこと、それ自体に、大きなやりがいを感じています。
    けれど、それ以上に、やっぱり一番うれしいのはお客様からの直接のお言葉や笑顔です。

    工場にいるだけではなかなか分からないですが、近年、お店主催のイベントも増え、私も直接お客様と触れ合える機会を多くいただけるようになりました。
    ほかほか 蒸したてのぶどう饅頭を配り歩いているとき、美味しい! もう一本、いいですか?
    そんなお声がけのひとつひとつが、本当に嬉しいです。
    それに勝るものはないですね。

    ◆お菓子をつくることの難しさ

    ここで、筆者は、反省すべき質問をしてしまいます。

    「ぶどう饅頭製造の工程の一部は機械化されています。(だから、品質が同じものが出来る、という前提で)中尾さん自身の、体調や気持ちの面が、お菓子の出来に反映されてしまうことはあるのですか?」

    仕事は仕事。自分の「気分」などで仕事に向かうことは、今までもこれからも、ありません。

    むしろ、機械化しているとはいえ、できてくるものは、本当に一定ではないんです。
    季節や、その日の気温、湿度…様々な環境に左右されます。
    それをどう、調整し、一定した品質を保つかが、まさに人の力です。

    人の手と、機械、素材とのかみ合わせ、どう努力しても気候やその他の要因でどうしてもうまくいかないときは今日はここまで、とその日ラインを止める判断をすることもあります。

    それもすべて、最終的には、限りなく安定した品質のものを作り出すための努力です。
    あさはかな質問をしてしまった自分との反省と、完全手作り・完全機械化・そのいずれでもないからこその難しさ、芸術的ともいえる繊細さを、はじめて知ることができました。
    おいしく安全なものづくりにかける職人の想いを、もっともっと多くの人に伝えたい、そう想いをあらたにしました。

    5代目社長・・「晴」はまだ0才。
    「晴くんが社長になる日まで、杖ついてでも日乃出にやってきて関わっていられたらなと思います」
    そう笑った中尾さん。

    そんな彼がこの会社の一員であり、仲間でいてくれることに、心から感謝します。
    ありがとうございました。


    << | 2/4PAGES | >>

    日乃出本店ショップサイト
    Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << October 2018 >>

     

     

     

    その他

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM